■ フィスコシル(Vyskocil)訪問記 ■  
フィスコシルさんとこへの訪問記。
急なお願い&シンガポールでのHourglassのイベントの直後だったにもかかわらず、奥様ともども快く迎えて下さいました。
 # 日本行きは私の訪問のために断ったのかなと思ったのですが、単に東京のアワグラなイベントには招かれていなかったようで、ご招待があれば来年か再来年には是非とも行きたいね、とのことでした。

以下それぞれ簡単にまとめてみました。
Nettetal
思想と設計
輪列以外の話
工房・工具
雑談とか

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visited: 09/04/04
written: 09/09/04

■ Nettetal ■  
フィスコシル師の工房はNettetalという町にあります。人口は1万人ほどの小さい町で、彼の工房は町の中心にある教会を眼前に臨むアパートの一室にあります。
ライン河沿いというか、ライン河を越えてちょっといくとオランダとの国境がすぐそこ、という感じ。まさにラインラントですね。
一番近い都市はデュイスブルグかデュッセルドルフです。いずれも車で30分程度です。とはいえ140km/hで飛ばしての話なので、実際には小一時間って雰囲気でしょうか。
他にアーヒェンやケルンもアムステルダムも近いので観光にからめやすいとか思いました。ってそういう訪ね方をするひとは果たしてどれだけいるのかとも思いますが(笑


ライン河からDuisburgの工場群
アパートの入り口から教会を。超逆光(笑

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■ 思想と設計 ■  
さて、彼の工房は実は住居でもあり、住居と工房がほぼ混ざり合ってる、というのは他のいずこでもなかったことなのでちょっと驚いてしまいました。
日本人的にはそういうことなら早くいってくれ、少しは遠慮するのにとか思うところです。

で、挨拶もそこそこに早速見せたいものがあるということで案内されたのは工房ではなくリビングでした。
そこには時計に関する200冊を超える書籍資料。ebayで落札して丁度着いたという1910年代の図面などもありました。
フィスコシル師は時計よりも時計の理論・古典に興味があるんだそうで、理論書(いわゆるhorologyですね)や製造装置に関する書籍、古い工場の紹介本、各種オークションのカタログ、各メーカーの歴史本(100周年記念とかそういうの)などなど、といった幅広い分野の本がありました。
 # 実際のところは自作するに当たって研究のために蒐集したようですけど

で、輪列を設計するに当たり、香箱のサイズ、ゼンマイの強さ、二番・三番・四番の歯車の数、テンワのサイズ、振動数などを決めるワケですが、そこで彼が見せてくれたのは数百に及ぶCADとExcelのファイルでした。
試行錯誤には1年半を費やしたそうですが、その厖大な試行錯誤の跡の中から、具体的に例示しながら教えていただいたこととしては、
 - ユニタス3種、レヴュートーメン、プゾー、ゼニス、ロンジンなどを比較
 - ゼンマイのサイズとテンワの重さ・径・振動数を関数化、ゼンマイの解ける力と脱進機系の作動に必要な力を比較
 - 二番〜四番の歯車のサイズと歯の数から伝動効率を比較
 - 従来とは異なる1970年代にシュトゥットガルト大学で開発され、規格化された形状の歯車を採用
 - 複数のアンクルとガンギをテスト(だからあのアニメーションか!なんてひどく納得してしまいます)
 - テンワの素材と形状を複数
といったあたり。CADファイルで10〜20枚程度になりましょうか。

つまるところ、V-30/45-01-Aというムーヴメントは、テンワを可能な限り大きくすること、そしてゼンマイの力を脱進機に伝達する過程において最もロスの少ない組み合わせをひたすら追求した結果、ということなのでした。
ゼニス135とプゾー260が如何にゼンマイの力を最大限利用しているか、そしてまたあの大きなテンワを安定的かつ強い力で回すために、いかに歯車を工夫しているか、に感銘を受けたし、結果としてこの2つのムーヴメントがベンチマークになったとのこと。
確か5.5振動で、4振動でも6振動でもない比較的イレギュラーな振動数になっていると思いますが、これは伝動効率の面でこの2つのムーヴメントに最も近くなるから、だそう。
 # 逆に最も少ない力でテンワを動かしているのはプゾー7001だそうで、これはこれで理に適った設計で多くのメーカーが使うのもよくわかるとの由。

200冊を優に超える書籍と1年半に及ぶ試行錯誤。
フィスコシル師はこと設計に関しては強烈な原理主義であり古典主義であり理論派であり、ですね。求道者、ともいえるかなと思います。
原点への意識的で純粋な回帰はいかに革新的なものを生み出しうるか、ただただ感銘を受けるばかりでありました。

■とりあえず写真を羅列(笑
脱進機まわり
もう少し寄ってみた
プレートはこんな感じ
別な角度から
さらに別な角度から
DIN規格な歯車
その歯車を切るための刃も自作で
こんな風にして使います

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■ 輪列以外の話 ■  
フィスコシル師の時計は輪列もさることながら、それ以外にも独特のデザインと独特のハック機能、秒針長針連動機能も特徴になっていますが・・・ということで幾つか。
 # ってこっちの方が重要ではないかという気がします。

■秒針・長針連動機能
なぜ今の今までこの機能がなかったのか、みたいな話ですが、これはフィスコシル師自身も同じようなことを考えていて、要は自分が買うならどんなのがほしいかということがそもそもの発端だそうです。
非常に古い時計にはこうした機能があるようですが、メカ的にはかなり厚みを伴うことになるんだそうで、こればかりは3ヶ月かけて自分で編み出したそうです。

秒針・長針連動それ自体はほんの2〜3の部品からなります

もちろん竜頭からそれをコントロールする機能もまた工夫の塊みたいな感じですが、どうも話を聞いているとぐるりと取り囲む円形のパーツと天真とそれをつなぐ超小型の歯車がミソのようですね。

こうした機構は当然同業他社の目に留まるらしく、バーゼルの初日には有名メーカー各社が売ってくれとかライセンスしてくれとか交渉に来たそうです。
それもあって特許取るとか取らないとか色々と考えているようでした。

■テンワ
上の方では設計に焦点を合わせたかったがためにテンワの話を省いていますが、テンワもまた試行錯誤の繰り返しだったようです。完成形ではグリュシデュール(ベリリウム銅)&3本腕&変形チラネジとなってますが、素材ではインヴァー(インバー、インバール、エリンバーとも)に鉄の腕という特殊バイメタルだとか、腕の本数と形状は数十種類、チラネジの素材だとか。
結局今の形状に落ち着いたのはテンワのサイズの最大化(チラネジの遠心力を若干犠牲にしていますが)と安定性だそうで、腕の本数と形状はジョージ・ダニエルズの本から初代ブレゲを見て採用したとのことです。
テンワ

■衝撃吸収装置
インカブロックではなくキフショック2を採用していますが、これは純粋に形状が好きだから、とのこと。

■デザイン
デザインについては恥ずかしいのであまり見せたくないのだが、とかいいつつ、色々見せて下さいました。
3/4プレート&シャトンビス止めを最初は考えたそうで、したがってランゲ懐中などでたまに見かける12時位置のパワーリザーヴなデザインの習作が何枚かありました。クロノスイスが好みそうな古典的なものもあり、といった具合です。
輪列は当然デザインに影響しますが、デザインは上の駆動系の条件を満たした上で可能なデザインを採用しています。したがって現在表に出しているものはその意味では相当洗練されて出てきている、という感じです。

ダイアルはアプライドインデックスにするという話だったわけですが、その試作品があがってきていました。もっと綺麗になったら正式に公開するから今は勘弁してくれ、とのこと。でも試作品のデキは予想以上で、わーおぉ♪という感じです。正直黒も白もマジで迷います。
ということで大丈夫そうなところだけちょっと(笑

■ケース
新型のケースは既に注文した人にはメールで写真が送られてきたように、完成しています。
サイズがそもそもそんなに大きいわけではないので古い方でもさして問題があるわけでもないかな、なんて思ってましたけど、新旧のケースを実際に腕に乗せてみましたが、新作の方が抜群によいことを確認。
新旧のケースを並べてみました

■素材
V-30/45-01Aのファーストロット(05年夏完成)はシンガポールのアワーグラスやTimeZoneなどで紹介されているようにYGギルト仕上げです。
プロトタイプはシルバー系だったよね?と聞いてみたらば、ジャーマンシルバー(ドイツの懐中で多用される800銀ではなくランゲなどが用いているニッケル合金の方)にしたかったんだが、材料の確保とか加工のノウハウが間に合わなくて今年はナシ、とのことです。
近々にもグラスヒュッテにいって色々学ぶけどランゲが使っていたものからニッケルの比率をちょっと落として銀色を強くする云々、とのことでした。

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■ 工房と工具 ■  
工房は整然としたものでした。簡単に言うと頭を使うスペースと体を使うスペースで半々になっていて、手前側にある頭を使うスペースのど真ん中には大型なモニタのついたPCが鎮座ましましています。その左には電子顕微鏡。
奥の方の体を使うスペースには旋盤が3つ。
ひとつは大きい旋盤で、大きいパーツを加工する時に使うもの、もうひとつは小さい旋盤で、こちらで作業のほとんどを行うのだそうです。というか小さい部品を加工するのに時間がかかるので、長い時間を小さい旋盤の前で過ごすことになる、のだそうです。
しかしあの歯車をこんな機械でねえ、てな具合。。

以下、主な工具です・・・用語がわからないので適当です(笑
大型マシン
こんな感じのを・・・
こういう風に組み合わせて加工します
各種アタッチメント
各種アタッチメントその2
こちらの機械で大半の作業を行うそうです
こうやってセッティングして・・・
実演中(いや実際には削ってないんですが)
これも歯車用
サイズを測ります
これはプレートとブリッジの加工用アタッチメントをつけた状態
半導体でいうとフォトマスクにあたる歯車
各種アタッチメント

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■ 雑談とか ■  
毎度お馴染みの一問一答なコーナーです。
ほとんどの会話は設計思想に絡む部分だったので上の方にまとめてありますが、それ以外の部分につき簡単にまとめておきます。

- なぜ自分の時計を作る気に?
- 高校卒業した時(1980年代前半です)、時計学校に行こうとしたんだけど周囲に反対されてね。
 仕方なくエンジニアになったんだけど、どうしても諦めきれず2年前に会社を辞めて自分の時計を作ることにした。

- 脱進機のアニメーション有名ですね。
- あ、そうなの?
 あれは自分で研究するために作ったようなもの。

- そういえばV-30/45-01-Aはスイスレバーなんですね。
- 結局スイスレバーは然るべくしてスイスレバーだと思う。
 効率を考えるとこれになる。

- コアクシャルとかは考えなかったんですか?
- 工作が無理。
 設計されてから30年も作られなかったってことはつまり素材と工作精度の問題だと思う。実際未だに精度に問題が多いという話も聞くし。
 ユリス・ナルダンのフリークだって、あれが実現可能になったのは軽い素材が使えるようになったからでしょ?軽い素材じゃないとあれは回らないはず。

- 好きなメーカーとか時計師とかいます?
- 時代が関係ないんだったらジョン・ハリソン。
 彼は真に偉大だったと思う。彼みたいになりたいけど、自分を彼と比べようだなんておこがましくてできない。

- 現役ではどうですか?アカデミーとか。
- フィリップ・デュフォー。
 あれだけ色々な時計に造詣の深い人はいないでしょ。

- 大手では好きなところあります?
- え?どこかいいとこあったっけ?
 全然面白いと思わないよ。興味なし。

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