■ ドイツ時計研究 〜 ニュルンベルグの卵 ■  
ニュルンベルグの卵(Nurnbergisch Ei)って、日本語ではここからもリンクしている時計三昧のページくらいしか紹介しているところがないので、このサイトでもご紹介しておきたいと思います。

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■ ニュルンベルグの卵 ■  
そんなわけでニュルンベルグの卵ですが、何がどう画期的でしかもこんな妙な呼称なのかって、要はそれまで錘を用いた分銅式ではなく、ゼンマイを用いることで小型化し携帯が可能になった、ということで、懐中時計の原型といわれているがためです。で、形はといえば鎖引き並みかそれ以上に厚みのある懐中時計って趣でまんま卵型しています。
発明はPeter Heinlein(またはHeinlein、Hele、Henlinとも)という人で、1500年頃のこととされていますが、どうやらこれは本人の記録がほとんど残ってないとか本人の手による掛時計なんかの技術レベルからして怪しい話らしく、当時時計産業が隆盛を極めていた南ドイツ地域(アウグスブルグからニュルンベルグのあたり)のツンフトあたりで安定的な生産に耐えうるだけの技術が確立された、と考えるのが自然なところでしょう。
とはいえ、機械式時計の技術面での最大の要諦をなす振り子の等時性の発見までまだ80年、それが時計になるまで150年は待たねばならないわけで、懐中時計といっても極めて原始的な構造です。

1500年頃、というと、歴史的にはルネッサンスが全ヨーロッパ的に波及しおえつつあり、メディチ家がその全盛を謳歌する一方で宗教改革前夜という空気の真っ只中、ということになります。
同年代の科学技術ではダ・ヴィンチだのコペルニクスだのパラケルススだのが大活躍している一方、ヴェスプッチ、コロンブス、ヴァスコ・ダ・ガマあたりの大航海もあったような時代なわけで、
そんな中での"携帯できる時計〜ニュルンベルグの卵"のハイテクさ加減、シンボリックさ加減たるや、想像するだけでもわくわくしてしまうというものでしょう。

このニュルンベルグの卵を題材に、Das Nurnbergisch Eiという劇と、それを基にしたDas Unsterbliche Herzという映画があるそうです。
映画の方は1939年に国威発揚のために作られたようで、その辺からして見なくても内容が想像できなくもないですが、VHSで出ているらしいので話の種に一度見てみたいものですね。

09/17/06