■ A. Lange & Söhne/Tiffany 8073 ■  
Tiffany銘のランゲ。
1872年製造のもので、Tiffany銘でなければAdolf Lange Dresden銘になっているはずのものだと思われます。
トリプルサインでシリアルも一致、レバーセットのレバーとケースの取り回しも完璧に合っていて、同時期のグラスヒュッテの高級品と同水準の作りになっています。
長短針と秒針の色が合ってないのでどちらかが後付のような雰囲気ではありますが、長さがいずれも完璧なほどにインデックスに合っていて、フルオリジナルだという希望的観測を持つには十分すぎるほど。
なお、ケースには1874年の6月1日の日付が刻まれています。2名の名前が刻まれていますがこれについては不詳です。



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当時のランゲがTiffany向けに出荷していたことは知っていましたが、実際にモノを入手することができようとは思っていませんでした。
# 私もミーハーなので、というか、子供の頃には音楽や書籍や映画や服飾やなんやかやでNYにはとても憧れていましたから、未だにTiffanyという名には他のジュエラーとは違う思いを抱いてしまいます。
ということで、色々思うところがあり、今回はランゲの本社からアーカイヴを取ってみました。


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この左側のアーカイヴを見てみると、機械のみのバラ売り、アメリカへの輸出、アメリカでのケーシング云々の情報が読み取れ、また購入者はFa. Charles William Schumann, New Yorkとなっているのがわかります。これは個人ではなく商社で、ランゲの他の時計でもアーカイヴを取ると非常によく名前を見かけます。
グラスヒュッテの時計の一級資料のHerknerの本ではAdolf Schneiderの時計を一手に扱っていた同じくNYのMax Freundについてはそれなりに書かれていますが、なぜかCharles William Schumannについては記載がありません。
で、これじゃ本当にTiffanyかどうかわからないじゃん!!ってことで右側のアーカイヴを見ると、左端にTiffanyと書いてあるのが読めます。
これを仔細に眺めると、シリアルで8061から8075までがTiffany向けであったことがわかります。
# Tiffany向けはこの15個のみということはないとは思います。

さて、もう1点、ムーヴメントに刻まれているUnion Squareについて。
Tiffanyは現在はFifth Avenueの57th st.にあって、そのことは大変有名だと思いますが、それゆえ何故にUnion Square?もちろん引越しするようなことがあったにしても、この時計が売られた当時、本当にUnion Squareにあったの??というような疑問もないではないなあ、と思って調べました。
結論からいうと、1872年当時、Tiffanyの本店はUnion Squareにあったということで間違いないようです。
Tiffanyが以前のBroadwayの店舗からUnion Square(15th St)に本店を移したのは1869年か1870年、シルバーウェアでかなり名前が知られてきた頃です。同地にあった清教徒の教会を購入して当時流行していたCast-ironな建築様式のビルを建てたそうです。
有名なTiffany Diamondの購入はこの数年後の1878年ですから、この時計が取り扱われた年代はまさに急成長の時だったのでしょうね。
なお、Tiffanyの本店の簡単な歴史については、オンラインではNew York Timesのこの記事がよくまとまっていてよいと思います。

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